つむつむにっき

昨日は今日を知らない

「あなたが私を怒らせた」というメッセージ

 

子どもの頃、母がとても怖かった。

母が不快に感じることは悪いこと。

不快なことが起こるのは誰かのせい。

 

昔、お出かけした帰り道。

運転する母に、かまって欲しくて

「こっちの道もいけるのかな?」とたわいもない会話をしました。

 

母は私が話したほうの道へ行って道に迷う。

「あなたがあんなこと言うから道に迷った」と怒られる。

もう二度と、余計なことで声をかけまいと心に決めた。

 

私が私らしくしてはダメ。

私の意見は通らない。

 

習い事が嫌だと言ったら、

「あなたのためにやってるの」

「私はやりたくてもできなかった」

「自分ができなかったことをやらせてあげてるのに」

私の気持ち、意見は聞いてもらえない。

 

最終的には泣かれる。

家族がみんな仲良くいるためには、

我を張らずに自分を殺して我慢することだと学ぶ。

 

部活も自分で選べなかった。

母が何気なく言った「吹奏楽部に入って欲しいの」一言で、私の心はこわばった。

しかたなく入ったけれど、すぐ帰宅部になった。

 

今思うと、母が発しているメッセージの本質は同じなのかも。

「あなたが私を不快にした」

「あなたが私を怒らせた」

自分は絶対悪くない、自分は正しい。悪いのは誰か。

だから、不快にしないように気をつかうようになってた。

 

以前、人にばかり期待や希望を押し付ける母に聞いてみた

「こういう母親であって欲しいと言われたらどうなの?」と。

母は即答

「それは絶対に嫌」

自分は良くて、他人はダメ。それが母の価値観みたい。

 

私が私の意見を言うと、

母は「ちがうのよ」というフレーズから会話がはじまる。

「そうね」と共感してもらいたいだけだったのに。

 

怒られることがとても怖い。

怒られると私が悪いと感じてしまう。

 

「あたなが私を怒らせた」

びくびくしてる自分が切ない。